これまでの経緯

歯科技工士 17

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/16-a147.html

1人体制3年目の終わり。
なんとか謎の全身湿疹が治る。
皮膚科領域で通院したのは生まれて初めてで、
年齢なのかストレスなの理由がわからない。
とにかく痒くて眠れなくて辛かった。
暖めると痒みが増すので風呂も冷水みたいなシャワー。
真冬である。
布団に入ると温まって痒みが…
毛布もかけずに震えながら休むしかなかった。
アトピー性皮膚炎の人の気持ちが少しだけわかった気がした。

デルモベートという最強ステ(ステロイド)が処方されたが、
ネットで調べてみて使う気になれず、
(処方された薬剤情報には強度も何も書いてなかった)
弱ステを使う病院を探して通った。
とにかく、どんな分野でも薬は良く調べて使う事。
セカンド、サードオピニオンを使う事が必要だと思った。
実際、4件の皮膚科を回った。

1人体制4年目(今年度。現在。)
昇給なし。
一般歯科治療のアフターケアも終わり、
身内の病状も落ち着き、体制を整えて辞めようと考えだした。
これまで辞めようと思うと何か事が起こっていた。

4月。
月1回/6ヶ月間でワインスクールに通ってみる。
大した内容ではなかったが、
たまにこういったスクールに参加している。
仕事が休みのときしかいけないけど。
色んな人に会えるから楽しいし、勉強になる。
引きこもりで仕事をしている人には、オススメ。

5月。
前院長の早めの三周忌。
『来てください』ではなく、
『行くかどうか決めてください』とのことで不参加とした。
お金も渡さなかった。
後日、1人で墓参りに行った。

一応、ハローワークに求人募集をかけてみた。
技工士の募集はない。
あっても50km程はなれている場所。中、遠距離通勤は続かないと思う。

いろいろ調べたり、聞いたりしてみたがはっきりした目標は決まらなかった。
どちらかというと、まず一発勝負でお金を作りたい。
今までの未払い昇給と賞与が大量にあるし、
肉体労働の限界年齢も今だと思うからだ。
私は技工士になるまでのアルバイトのほとんどがガテン系。
そうは見えないようで、驚かれるとうれしかったりする。
就職してからも多少やってたし。
また、私が住んでる市が工業主体なので、
選べる仕事もソレ系がほとんどだ。

余談だが、歯科衛生士の賃金が異常に安いのに気がついた。
衛生士もマンパワー。
予防歯科に力を入れていない歯科医院ではただの手元扱い。
いくら勉強しても独立はできない。

相変わらず『限界だ限界だ』という雇用主。
『残業は平日19:45までと土曜のみにしてくれ』という。
さらに、印象を持ってくるときに、
『急いでいませんから!』と言うようになる。
残業するなという意味だと取った。
セット予定日を先延ばしにして対応した。
もう言いなりである。
雇用主を「哀れなもの」と思うことにした。
残業するとひどい態度になるのでさらにセット期間を伸ばした。
残業時間はほぼゼロになった。

さぞや満足だろうと思っていると、
『メタルコアはもっと早く作れ』という。
「後から来たものを優先させれば、先の仕事が遅くなるのは当然。
残業するなという命令は実行できない」と答えると、
『土曜日は残業してもいい』という。
そこで言うとおりに、メタルコアのセットを優先して、
土曜に残業を集中させたら気がふれたようでさらにひどい態度に。
久しぶりに、
『物陰に隠れていて、私がドアを出た直後に鍵を閉める』というのをやられて、
「自分が精神病院に通うようになったのは自分が弱いんじゃなくて、
雇用主の異常行動が原因なんだな」と3年越しに気がついた。

雇用主は私に残業させないために修理は1日1個までと受付に命令した。

受付に対しては、
『(雇用主が)忙しいのは受付の予定の取り方が悪いから』と思い込み、
『予定を入れるな入れるな、間を空けろと』指示。
私が宣言したセット日よりも、はるか先に設定されてしまう。
一日の診療患者数を異常に制限しているから、予定が入らないのである。
それに診療のペースを落としすぎ。
それでも形成や印象はひどいままだ。

さらに変な予定の取り方に。
8:45、11:15とか半端な時間が設定されている。
予定をその分詰めて済めているのではない。
予定よりも早く来る患者には、わざと遅い時間を告知するのだ。
一分でも患者が早く来ると雇用主はドタバタを始める。
『待たせている』いう過剰なプレッシャーを作り出してパニックになるようだ。
予約時間までは待たせておけばいいのだ。
年配者は早く来て待ってる人が多いことだろう。
そういったことがわからないから、前院長を怒鳴りつけたりしていたのだ。
もっと年をとって自分も動けなくなったときに気がつければいいね。
他人から罵倒されるともっといいと思うよ。

また、
8:30-9:00
11:30-12:00
17:30-18:00
必ず予定が空けてある。
これまではなかったのに。

どんどん自分で患者を診ないようにして、
『患者が減った収入が少ない』と騒ぐ雇用主。
自分がやってきたことと命令の結果が出てるんだよ。
1日の印象数も受付に命令して制限した。
結果、私の仕事も残業もなくなってきた。
まあ、修理が1日1個あるだけで半日つぶれるし、
遊んでることはなかったけど…

8月。
賞与なし。

OBで私の1コ上の技工士から電話があった。
専攻科と有名セミナーで勉強して、遠距離で超大型ラボで夜中?の人だ。
「欠員が出るから仕事をしないか」という誘いだった。
その超大型ラボまでは中距離。
やるのはキャストパーシャル。
分業した結果の未来は?見返りは?
大型ラボで働く自分が想像できなかった。
「すぐには決められない」と無難な断り方をしてしまった。
その後、連絡はない。

お盆中に前院長と奥様の墓参りに1人で行った。
お墓はあまりきれいになっていなくて、掃除をボランティアでやってしまった。

8月18日
退職勧奨始まる。

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_898d.html


ずいぶん長い話になってしまったけど、
これで区切りです。
もっとひどいエピソードや、逆に良かったこともあったけど、
全体の流れを考えて省きました。
読みにくい文字の羅列で「気持ち」がどれくらい伝わるのか。
また、どんな解釈をされるのか見当もつきません。

甘すぎと感じる人もいるでしょうし、
哀れなりと思う人もいるでしょう。

それでも、それは思い込みだと思ってください。
感情を排し、視野を広く持つことが(私にも)必要だと思います。
ただのネット上の読み物くらいに思ったほうが安全です。
これは「悪いお手本」だから。

明後日が解雇予定日です。
おそらく、規定どおりの退職金を払わず揉めることになるでしょう。
その場合、あっせんから簡易裁判くらいまで行くと思います。

まだblogには書けず、裏で進行している事案もあります。

それでもいいです。
何もしないよりはいいです。
http://nofake.cocolog-nifty.com/

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歯科技工士 16

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/15-f021.html

1人体制2年目の終わり。
歯科医院の院長を副院長(娘/現在の雇用主)が襲名することになった。
ついては監査があり、
その対策に過剰反応した雇用主は、でたらめな命令を出し始める。
『使用する材料名を記入しろ』本来歯科医師が書くんですよ?
『指示書にシェードを図で記入しろ』まともに見せないのにデッサンしろと?
クリアランス不足が常で、作ってみないと使う色なんて分かりませんよ?
結果が出てから指示書を書くの?
そもそもA2A3とかの機械的なシェードでいいなら私が見る意味もないんだけど?
『都合の悪いことは指示書に書くな』ハイハイ。

過去の指示書の整理を命令をされた。
50音順に並べろとか、年度別とか指示がコロコロ変わって大変だった。
まあ、合法的に残業できてよかったのだが。
結局見られたのはカルテと設備だけだった。
副院長は院長に変わった。以下、雇用主。現院長。

何か朝礼のたびにゴニョゴニョ言っていたが覚えていない。
『ゼロからスタートではなくマイナスからスタート』とか。
結局、前院長がみんな悪くて自分は被害者という意識でいるようだった。
前院長の借金があって金が払えないと言うのが免罪符。
燃費の悪いスポーツカーや、遠くのアパートや、鍵も渡さず仕事もさせないことや、
異常行動や、従業員の気持ちなんてなんとも思っていなかった。

1人体制3年目に突入。
なぜか4月に昇給していた(普通は6月)
5100円。
この金額の意味は??
Photo001_002
前院長が亡くなってから1年後。
忍ぶ会として式をした。
このとき初めて奥様が亡くなったことを知った人もいたようだ。

一周忌も行なった。
雇用主の妹に、
「あんな姉だけどよろしくお願いします」と言われて笑うしかなかった。
分かってるんだよね?異常だって。
気質じゃない。異常だよ。病院に行ったら楽になれると本気で思う。

1人体制3年目
夏の賞与は10万円。

何この金額?

残業が減ってきたことと、
身内の様態が安定してきたので自分の歯の治療を受けた。
トリプタノールはまだ飲んでいた。
オールセラミックスクラウン2個(プロセラ)と、
アンレー1個(セレック)だった。
もちろんお金はかかったが十二分に満足な結果だった。
ドクターには治療に必要ないCTまで撮ってもらって勉強になった。
一方で、自分が同じことはできないと思った。
「やればできるようになるよ」と先輩技工士は言うけど、
この人はハッキリ言って上手い。天性+努力の人だと思う。

若いドクターにも親切にしてもらった。
夢や希望にあふれていて、頑張ってる人はすばらしい。
セミナーに誘われたけど、仕事が休めない私には無理だった。

この年度の後半は全身に謎の湿疹ができ、
皮膚科に通いつづけることになる。
ステロイド(副腎皮質ホルモン剤)とアトピーについて勉強した。

仕事の面ではかなり荒れていたと思う。
壁を殴って血を流すことが多かった。
黙って印象を置いていく。
残業させないくせに予定外の印象を平気でもってくる。
当日に『~に行かなければならない』と言い出し仕事をさせない。
こちらが話しているのに背中を向ける。ドアから出て背中向きで話を聞く。
こちらが話し終わる前に返事をする。

残業終了を知らせる電話は2回コールして切ることになった。
声も聞きたくないらしい。
技工指示以外の指示はわざわざメモにして渡された。

これまで何度もあったことだが、一番傷つくのは、
私がいる部屋に入ってこないで去るまで待っていることと、
私が仕事が終わった連絡を入れた直後に、ダッシュでドア近くの物陰に隠れて、
ドアを出た瞬間に鍵を閉められることだ。
私がいるのに気が付いて逆戻りしていったこともある。
『顔も見たくない』と言われているのと変わらない。
ならば、解雇すればいいのに。

どうやったら損なく辞められるか。
解雇されることができるか考え始めていた。

1人体制3年目
冬の賞与は20万円。
1.0ヶ月分

つづきます。
http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/17-59c6-1.html

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歯科技工士 15

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/14-51ef-1.html

院長も奥様も亡くなった。
もう何の足かせもない。言い訳はさせない。
いよいよ限界まで仕事ができると思ったのだが、
現実はそうではなかった。

雇用主の異常行動がエスカレートした。
朝礼と称した発表会では、
ファイルで顔を隠しながら話すという異常行動を見せた。
元からあったことだが更にひどくなったのは、
ドスドス足音を立てて走り回るのを、患者の前でもやるようになった。
ハアハア息切れしながら印象をもってくる。
患者が自分の指示どおりにしないと大声で怒鳴る。
同じ事を三回繰り返して相手に解れと威圧する。
人が何かを話すと『ハイハイハイハイハイ』と返事を連続で繰り返しさえぎる。
大きな音を立てて器具を扱う。ドアを閉める。

『あの医者は大丈夫かね?』と受付は患者に聞かれたそうだ。
ひどい態度を取られた患者が、診察券を破り捨てて帰っていった事もあった。

何か事が起こると、
『院長も母も何も教えてくれなかったので』と人のせいに。

残業終了を知らせる電話をするとゼロコールで出る。
指でフックして待っているようだ。キモイ。

副院長の車は使っていないはずなのに動いた形跡がある。
夜中に通りかかると毎回車がない。
おかしいと思っていたら、離れた場所のアパートに引っ越していた。
従業員に金を払ってないのに何でこんなことができるのか?
そして『遠くに一人で住んでいて大変だ。だから残業するな』といい始める。

『雨漏りで天井が落ちた。住めない』というのが言い訳だが、
天井の内張りがはがれただけで住めないというのは大げさ。
田舎のアパートでも家賃は6万~だろう。無駄だ。
雨漏りの仮補修程度ならば10万もあれば十分。ブルーシートを貼ってもいい。
元々5人もの人間が暮らしていた家だ。
全部の部屋が暮らせないなんて事はありえない。
増築した部分なんて新品だ。風呂場も2つある。
どんなデタラメをやっても事業主は許される。
法に触れなければ従業員の感情や賃金なんてどうでもいいのだ。

一方、私は身内が病気になり介護に忙しかった。
昼間は母が看て、夜は私が看ていた
目が離せないので、夜はほとんど寝なかった。
まだトリプタノールを飲んでいた当時、自分でも驚いたのだがレオンばりに寝なかった。
タクシー代や薬代などでお金が必要だった。
倒れたら終わる。そんな感じだった。

今までと同じように追い詰められながら仕事をしていたが、
残業時間が10時間くらいになっていた。
患者が減っているらしい。
基地害行動を患者の前でやったんだから当然の結果だろう。
それでも私の仕事はあったし、病院に貢献しているつもりだった。
技工部は利益をあげている。

しかし、雇用主には何も思うことがなく、
技工士は『生活の邪魔』だとしか感じていなかったようだ。
残業する時間を宣言しなければならないので、書類を書いて持っていくと、
思いっきりガン付けされる。
そしてドスの聞いた声で『ハイ』と返事をしたりしなかったり。
残業が終わった電話をすれば、不機嫌そうに返事をする。
金のためとはいえ、これほど敵意のある人間に利益を与えることが苦痛になってきた。
何のために仕事をしているのか分からなくなってきていた。
これ以降、給与明細が未開封のままだ。

ある日、残業終了の電話をかけた。
返事もなく、電話を思いっきりガチャ切りされた。
その場は気にしないようにしたが、
家に帰ってから息苦しくなり倒れてしまった。
意識を失うことはなかったが脈拍が異常に上がった。
血圧は上が180。
平素はいたって健康体で120-60程度なのに。
心拍数は200を超えた。
生まれて初めて救急車を呼んだ。
隊員が来る頃にはだいぶ落ち着いていたが、死ぬのかと思った。
救急病院ではセルシン筋注された。
あまり効かなかったが、まあ、雇用主の態度が原因だろうなと思った。
次の日は普通に仕事に行った。

1人体制2年目。
やっと冬の賞与が出た。
しかし1.0ヶ月分だった。

つづきます。
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歯科技工士 14

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/13-8726-1.html

院長が亡くなって介護する者はいなくなったのに、
相変わらずまともに仕事をさせない雇用主。
もともと「介護」なんてたいそうな事はしておらず、
ヘルパー任せだったと思うのだが?

『~しなければならない』を連発。強迫神経症なのか?
洗濯物のたたみ方、置き方、書類の上に押さえる物を置かなければ気がすまない。
人が置いたものは必ず置き換える。
自分で置いた物さえ縦を横に、横を縦に置き換える。
抜いたコンセントを置く向きまで指定してくる。
結果として何でも自分でやらなければ納得できず、雑用のほとんどを受付から奪い取った。
そして忙しい忙しいとドタバタする。
受付が気をきかせて洗濯物をたたんでいたら、手から奪い取られたそうだ。
セットする補綴物を診療室に持っていけば『やらないで下さい!』と叫ばれたり。

結果として診療時間が短くなり、治療は更にいいかげんになっていった。

それくらい神経質に治療もやればいいのに、
こちらが「ショルダー形成がない」などと指示書に書けば、
『監査が入ったときに、悪い事が書いてあると困るから、指示書には書くな』
と言われた。
不正治療隠蔽?悪いと分かってるんだ。
日本では保険の不正請求以外は問題にもされないね。

院長の49日を越えた後、奥様が亡くなった。
奥様は線の細い人で、
よくこの日まで、ワンマン院長と基地外副院長(娘)の板ばさみに耐えたと思う。
副院長が院長を罵倒する声がよく聞こえていた。

連絡があったのは日曜の夜で、月曜日は普通に出勤して仕事を進めた。
また数日診療は休むことになるから、
技工の仕事が細切れになって作業効率が落ちる。
鍵を渡してくれないのは致命的。
セット期間は延びない。

奥様の葬儀は密葬(身内だけ)で行うことになった。
その情報を30年来出入りの材料屋がリークしてしまい、首を切られた。
副院長は私に向かって言い放った。
『私はあの人のことをまったく信用していないんです!!』
散々利用してきて『信用していない』も何もない。
歯科材料商は材料の扱いだけではなく、
便利屋として利用されることが多い。
レセプトやらご霊前の配達、ゴルフの手配、どうでもいい買い物まで。
それで見返りがあったのは大昔の話。
今では技工士と同じく奴隷扱い。
(材料はネット通販で買い、材料商とは一切付き合いがないケースもある)

三代続いた歯科医院である。
奥様は名家の出である。
密葬するにも限度と言うものがある。
葬儀に参列させなくても、情報だけは知らせておくべきだったと思うし、
親しかった友人などにも失礼だろう。
材料屋の行動が悪くないとは言わないが、
私も含めて、当歯科医院は多くの人間から恨まれたことだろう。
一年以上たってからも亡くなった事が知れ渡っていなかった。
普通は密葬後にキッチリ報告するものである。

汚い話ではあるが、
院長と奥様の葬儀で私が払った金額は合わせて10万円である。
後に49日やら一周忌やらでも更に払っている。
昇給も賞与もない中から義理を果たした気持ちを汲んでほしいものである。

1人体制2年目。
夏の賞与なし。
後から葬儀などで忙しくて払えなかったと言い訳あり。
賞与はいつ払ってもいいものなんですよ??

つづきます。
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歯科技工士 13

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/12-427f-1.html

1人体制1年目。
冬の賞与が出たが、1.0ヶ月分にも足りなかった。
父親(一般人)の収入が少なくなり、
私もむやみに失職するわけには行かない状態。

1人体制2年目に突入。
一般(保険外治療)を受けたことで、保険診療は崩壊していると実感した。
一方で、大手歯科チェーンの開院が続き、
何の努力もしない歯科医院は終わったなと思う。
私がインプラント等の一般治療を仕事にする場合、
何らかのスクールに通う必要があるだろう。
今の仕事場に勤めながらでは無理。
勉強させてくれる歯科医師はいるのかな?とか考えていた。

6月昇給なし。
夏の賞与なし。

残業はおおむね40時間。
何も変わらない。何も変えない。
何をしていたか覚えていないような仕事のペースだった。

院長は相変わらず軟禁されていた。
ヘルパーなどが来て何かやってはいたが、
あまりアクティブなリハビリなどはやらなかったようだ。
奥様は介護疲れで寝込んでいたようだ。

しかし、それは私には関係ない。
こっちの仕事に影響するならば、それは公私混同。
そもそも「院長の借金返済のため」を理由に賞与を払わない時点でおかしい。
従業員は奴隷か?
これだけ働いて利益は十二分に上がっている。
それを私的理由で還元せず、後には赤字だ赤字だと騒ぎ出す。
そこまでわかっていて辞めない私もアレだが…

私の周りの人間。
一般人の同級生たちはほとんど技術職だった。
情報系、SE、建築士…
だれもその仕事を継続できていない。
どんなに一級の資格と技術を持っても、その人数が多すぎたり、
業界全体がダンピングしてしまえば、仕事はあってもお金にならない。
技工士も同じ。
目的なく仕事をやめると苦労するのは、周りの人間が証明していた。
自分には次の仕事の目標が決まらなかった。
夢を追って金のない暮らしをするか、
金を目当てに仕事は仕事と割り切るか。
そんなものは学生生活が終わるまでに決めておくべきなのだが、
私はお幼稚なのだった。

実際には悩んでいる暇はなかった。
賞与が出ないなら残業で取るしかない。
むやみに時間を引き延ばして金を取るのは宗旨ではない。
セット期間をギリギリまで詰め、サービスもして40時間を超えて残業した。

ある日、
院長が裏口からヘルパーに連れられて出かけていった。
久しぶりに姿を見た。
病院に行くといっていた。

次の日は日曜だった。
車の整備をしていたところへ受付から電話があった。
「院長が亡くなった」と。
私は大急ぎで車を戻し、自主的に会社へ行って仕事を進めた。
タイムカードも押さず、完全にサービスで。

院長は地元ではそれなりの名士である。
葬儀は大々的に行われた。
1000人規模だったと思う。
議員や警察関係者もきていた。
私は具合の悪い奥様の面倒を見るため、遺族席側で対応した。
顔バレするのが嫌でずっと下を向いていた。
遺族代表としての副医院長の挨拶は、
自分がどれほど介護で苦労したかを語りあげた、
最高に被害者意識全開のひどいものだった。

寺ははるか遠方にあり、納骨するために大量の供物を私の車で運んだ。
現地では食事の手配に手違いがあり、
第三者が大勢いる前で、副医院長がガキのようにキレまくった。
副医院長の素顔を知ってる人は苦笑いしていた。

「大樹は倒れる」
若い人間が個人の会社に勤めれば、社長や経営者は必ず年上。
自分よりも先に死ぬのだ。
そして勤め先も消滅する。
歯科医院勤務は自営業手伝い。
終身雇用は原則存在しない。

続きます。
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歯科技工士 12 (非定型歯痛/非歯原生歯痛)

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/11-dd5a-1.html

ソラナックスを減薬して断薬した(後にまた服用することになるが…)
1人体制1年目の秋。

始まりは歯の痛みだった。
右上5番。有髄歯。補綴あり。
歯冠よりも根尖のほうが痛い。
そういえば、1人体制になる直前から時々痛かった。
ソラナックスを飲んでいた間はまったく気にならなかった。
舌も痛み出した。右側の6番と当たる部分。
見た目で炎症はない。6番にも特に鋭利な部分はない。

歯は根尖病巣だとして舌の痛みは何だろう?
むやみに検索して不安になってみたり、
鎮痛剤(ロキソニン)を飲んでみるが全く効果がない。

歯科医院に勤めているのだが、
基地外雇用主(副院長)に診察を頼める状態ではないし、
嫌だった。無理だった。

先輩技工士の勤める歯科医院に予約を入れた。
診療時間が違うので休まずいけるし、
一般治療と予防歯科主体だったから安心だった。

診察を受けるまでにさらに痛みが変わった。
右上5番は歯だけではなく、頬骨まで痛くなった。
鈍痛で朝起きるのが憂鬱。
左下67番も無髄歯なのに痛み出した。
舌は舌下にヘラを突っ込まれたような痛みと灼熱感。
全てにおいて冷水痛、温水痛はない。
さらに歯列全体に違和感を感じ、歯が高い(咬みあわせがおかしい)感じがした。

予約した歯科医院では、パノラマとデンタル、打診で診察。
打診では痛みが無い。
「特に異常が見あたらない」
「痛みの専門家がいるから紹介するよ」との事だった。
え?
何の病気なの?
隣市の市立総合病院の口腔外科の紹介状をもらった。

有給をとって口腔外科へ行った。
当院は有給の取得に理由を書かなければならない(微妙に労働基準法に触れてる)
正直に書けるわけがなく適当に書いておいた。

資料はすべて回っていて、問診だけで病名が出た。
「非歯原性歯痛(ひしげんせいしつう)」
「非定型歯痛(ひていけいしつう)」

ストレスが主な原因で、歯や骨に異常がないのに痛みが出る。
大抵は、治療して治療して治療して抜髄して抜歯して…それでも痛くて、
やっと異常に気が付くケースが多いそうだ。
私は運がよかった。
私の症状は非歯原生歯痛の典型的な症状だそうだ。

治療には精神の薬が使われる。
「トリプタノール」
http://health.goo.ne.jp/medicine/search/978_3/ha/30/indexdetail.html
メンタルの薬では最終兵器とか最強とか言われているようである。
それほどでもないという意見もある。
これは本来「うつ病」の薬である。
非歯原生歯痛の治療の説明書きには「あなたはうつ病ではないが」と何度も書いてあった。
まあ、一般の人はかなり驚くはず。
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この薬の作用で直接治るわけではなく、
脳にセロトニンを補充してバランスを整えつつ、
認知療法を行う(痛みの原因は存在しないんだぜとか、気にしないとか)

服用を開始してどんどん増量していった。
とにかく眠気がきつかった。
運転手や機械操作なら確実に寝てしまっただろう。
口の渇きもひどく唾液が出ない。舌が回らない。口腔領域では最悪な薬。
記憶障害もひどくて昨日何をしたか思い出せない。
道が分からなくなり、市立病院への道を何度も間違えた。
もともと書けない漢字がさらに書けなくなった。

服薬中に英検の面接試験があったのだが、まったく考えがまとまらず、
日本語で「わかりません」を連発して帰ってきてしまった。

夜、眠ろうとすると口を上からぎゅうぎゅう抑えられているような感じがする。
眠りに落ちる瞬間に何度もビクッとなる。
気を失うような感じだった。

歯の治療をするならば服薬中がいいとの事で、
診断してくれた歯科医院でスケーリングなどの治療を開始。
その後一般で治療(オールセラミックス。自分ではできない…)
実際に治療を受けてみて、一般と保険の格差は壮絶だと思った。

服薬は1年以上続いた。
人生でこんなにまじめに薬を飲んだことはなかった。
眠気に慣れることはなかったが、痛みを感じない時間が長くなっていった。
減薬して治療を中止した。
完治はなく、いつでも再発するらしい。

今でも口の中や舌がヒリヒリすることがあるが、
歯や骨が痛むことはない。
ストレス連動なのは実感する。

私にとってトリプタノールはストレスサプレッサーにはならなかった。
普段よりもイライラして壁を殴ることが増えた。
原因は当然雇用主にあって、薬のせいじゃない。

つづきます。
http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/13-8726-1.html

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歯科技工士 11(メンタル/ソラナックス)

http://nofake.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/10-2ab8-1.html

少し技工からは話が外れてしまうが、
薬とメンタルについては書いておきたい。
病気自慢、薬自慢ではない。
おそらく、経験が深い人は笑うレベルの話だろう。
個人差が大きいのであくまでも一例だ。
Photo001
もらった薬を目の前にして少し迷った。
極普通に暮らしてきた人間が、メンタルの薬を飲むのには心構えが必要だった。
病院で薬剤情報はもらったが、
自分でもネットで検索してどんな効果があるのか調べた。
薬の作用には個人差があり、飲んでみなければわからない。
極端な副作用はないようだ。
オススメはしないが、2ちゃんねる(2ch)でも該当スレを読んだ。
おおむね薬の系列ごとにスレがたっている。

私の心配は、
ムダに強い薬を処方されて薬漬けになるのではないか?ということと、
離脱作用(依存性/止めにくさ)についてだった。
強度は中程度。まあ、それも人による。
肩こりにも処方すると書いてあって少しは安心した。
離脱作用も常識レベルだと判断した。
それでも怖かったので、一日1.2mg(0.4×3)を0.6mg(0.2×3)にして飲み始めた。
自己判断はオススメしない。
正しい作用を期待するには正しい分量が必要だ。

ソラナックスは私にはあっていたようだ。
副作用の眠気は弱い。
不安感と焦燥感が軽くなった。
消えるわけではないが、ムダに不安になって何も手につかない状態からは開放される。
正しい薬の使い方として、この隙に気持ちや状況の整理をして改善を図る。
外的負荷に慣れる。又は自分を鍛えて強くなる方法などがあると思う。
(私の場合はPTSDではないから自分から改善しようがある)

しかし、服用量が少ないのか作用が薄れるのがはっきりわかる。
そうすると胸がざわついてきて軽いパニックになりそうになる。
それでも離脱作用を恐れて増量しなかった。

仕事には影響がなかったが、昼休みはよほどの事がない限り寝ていた。
なるべく薬を飲むのを我慢して遅らせ、夜中近くに最後の薬を飲むようにした。
そうすれば、不安を感じながら目を覚ますことがないから。

寝るときも無音だと不安を感じるので、ラジオをかけっぱなしで寝ていた。
内容が聞こえるとうるさく感じるので「何か音が鳴ってるな」程度。

仕事がない日はウォーキング。
「何もしていなかった」という後悔から何か勉強したくなり英検を始める。
結果として英検は2級までで、残念ながら準1級でつまづいている。
TOEICの結果は言えない(´・ω・`)
富士山にも単独で登ってみた。
新しいことを始めるのはいいと思うのだが、
こういった状態でメンタルの勉強をするのはお勧めしない。
少し手遅れなのだ。落ち着いてからのほうがいいと思う。

ソラナックスをまじめに飲んでいたのは2ヵ月程度だった。
極端な幻聴や焦燥感は弱まった。
薬の量について医師と相談して、
この飲み方ならば特別な減薬も必要ないだろうとの事で、自己判断で減らしていった。

結果として、仕事(雇用主)の理不尽さに多少慣れた。
残業は30時間という勝手な押し付けは無視して40時間やるようにした。
義歯修理のセット期間を場合によっては伸ばすようにした。
雇用主の予定を受付から早めに知らせてもらうようにした。

精神的に不安定になった時に怖いと思ったのは、
「理不尽なことに対して怒れなくなる」ということだった。

残業は40時間を越えたことが何度かあったが数時間程度。
雇用主の身勝手も変わらず『~しなければならない』を連発。
状況は何も変わらず、悪いほうへ動いていた。
1人体制1年目。夏の賞与なし。
理由は『院長の個人的借金の返済をしなければならない』だった。

つづきます。
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歯科技工士 10

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4月1日から1人体制になって1ヵ月間。
前出の雇用主の対応で、まともに仕事ができなかった。
それでも私は仕事のペースを落とさなかった。

当技工室ではマイクロスコープ使用が標準だ。それも変えなかった。
結果として、その方が作業も無駄がないと思っているが、やはり疲れる。
技工室以外の仕事では、BT(咬合採得)の軟化があった。
シェードテイキング(歯の色あわせ)も行った。

秒単位で各ジャンルの仕事を平行して進めていた。

しかし、予定外の義歯修理や印象が毎日のように入り、
一日単位で仕事が遅れていく。
それなのに、まともに残業させてもらえない。
自主的に昼休みを取らずに仕事をした。
明らかにやつれた。顔が小さくなったといわれた。
1分残業にならないように、タイムカードを押してからも仕事をした。

五月病というのがあるが、それを待たずに私はおかしくなった。

勝手に涙が出て止まらなくなることが何度かあった。
当時は、自分が弱いのだと思った。
一日中誰とも口を利かずに仕事をすること。
バックアップしてくれる人がいないこと(仕事以外でも急病など)
ほぼ残業がない状態から、週40時間の残業を目指したこと。
これらに自分が耐えられない弱い人間だと思い込んだ。

(それから3年以上が過ぎてやっと気がついたのだが、
雇用主の理不尽な命令と、態度が原因だと気づいた。
しかし世の中では、自殺しない限り、労働時間の長さのみが労災認定の基準とされる)

GWは通り過ぎたが、精神的には限界だった。
無理なノルマで、さらに制限されながら連日残業していた中で、
唯一、外界とつながっていたのはメールだった。
17:00になると、親しい人から仕事が終わった事を伝えるメールが入ってくる。
それだけが一瞬緊張を緩められる時間だった。

その着信音が幻聴になって、頭の中でなり続けるようになった。
他にもラジオの音楽や、ジングルなど。
そして焦燥感。

家に戻ってもそれが続いていると気がついたときに、血の気が引いた。
そして「精神病院にいこう」と決めた。
仕事をやめたり状況を変えようという考えはなかった。
今辞めたら完全負け犬という意識があった。
>無理だと思っていたことができれば、自分の自信になる。
と言ってくれた人を裏切りたくなかった。

しかし、自分がこれ以上悪い状態になってしまい、
身動きが取れなくなって親の世話になることは避けたかった。
親しい人にも自分の状態を伝えていなかった。

私にとって「精神疾患」は異次元の病ではなかった。
風邪や一般の病気と同じ。
何人かそういう人間を知っていたし、
護身程度のアングラ情報収集でも、薬などの情報は欠かせないから知識はあった。
今は脳が危険信号を出してる状態。早く手を打ったほうが傷も浅くて済む。

それでも気楽にいけるものではなかった。
会社にバレるのでは?
総合病院のほうがバレない?
市外とか遠方の病院とか?
結局、診療時間の問題で、市内のクリニックしか選べなかった。
ネットで調べて電話で予約した(電話帳か市の医師会HP等で探すのもいい)

駅前にある小奇麗なメンタルヘルスクリニック。
予約制なのにプライバシーゼロ。
それでも、極普通の女子高生から年配の人までいて、
外的に問題のある症状の人はいなかった。
ここはあくまでも軽い症状の人が来る場所で、大病院の出張所なのだった。
(母体は山奥にある檻付病室もあるような病院)

クリニックでは、
現在の症状や、いつからその状態なのかといった当たり前のことと、
「自殺願望はあるか?」というかなり深刻なことまでを問診表に記入。
家族構成やその年齢まで。
親の生年月日?知らんがな(´・ω・`)

担当してくれたのは良い感じのおじさん先生。
私は、内情や感情を話すカウンセリングが好きではないので警戒していたのだが、
ほどほどに話を聞いて「じゃあ薬を飲んでみようか」という結果で終わった。
悪く言えば薬を出すだけの病院なのだが、自分には都合が良かった。
病名は聞かなかった。

処方されたのは「ソラナックス」
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1124023.html
まあ、よくあるお薬である。Photo001_013
つづきます。
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歯科技工士 09

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1人体制で仕事が始まった日を覚えている。
倒れて自宅療養と称して軟禁されていた院長が、
陶芸教室に行くから、道具を作ってくれと技工室に来たのだった。
結果としてサクッと作ったが、
副医院長(現在の雇用主)はぶちきれ、罵声を浴びせて追い返した。

私は院長が現場復帰するのを望んでいた。
難しい治療はできなくても、
義歯の調整や、話すだけで満足する患者などもいたからだ。
しかし、診療室に顔を出すことも許されなかった。
ドタバタ走り回る副医院長を、あきれた感じで見る院長。
痴呆というよりは諦めと燃え尽き。
眠剤の乱用で時間軸の混乱。
結局外出も許されず、
人と話すこともなく、症状はどんどん悪化していったように思う。

1人体制の仕事は当然大変だった。
やはり、印象つぎと義歯修理で一日の大半が終わってしまう。
当然、残業時間は月に40時間だと私は思っていたのだが、
『それでは多すぎます!』と切れた雇用主。
バカ?
○辺社会保険事務所に電話で聞いてやっと理解したようだ。
それでも30時間を目安にするように言われた。

私はとにかくお金がほしかった。
それまでのカットされた賞与と昇給を取り返したかった。
私の家(親の)はとても古く、建て替えを検討して設計も済んでいた。
しかし賃金の支払いが滞り、断念した。
だから40時間の残業を絶対にこなすつもりだった。
納期のペースも落とす気はなかった。

しかしフタを開ければ意味不明な理由で仕事をさせてもらえない。
『銀行に行かなければならないから』
『市歯会に行かなければならないから』
『院長の介護をしなければならないから』
『買い物に行かなければならないから』

残業どころかまともに仕事もできない。
歯科医師がいなくても仕事はできる。
鍵を渡すように何度も言ったのだが拒否された。

残業が終わる時間を宣言しなければならない。
技工は機械的な仕事じゃない。デタラメだ。
終わったら内線で知らせなければならない。
時間が押せば二階でドタバタし、
まだ終わらないのかまだ終わらないのかと急かしに来る。

しまいには、
『疲れたから早く帰りたい』
『暗いと怖いから』

とか基地外発言…
(100mほど離れた敷地に1人で住んでる)

給与は、基本給で5000円。役付手当として5000円。
合計一万円しか上がらなかった。
交渉する気力もなかった。
これが12年目の給与。
Photo001_072_3Photo001_073_2
つづきます。
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歯科技工士 08

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技工室を1人で回すには問題がある。

>仕事は分業してぴったり位の量があった。
>分業は効率を考えてのことだ。
>公平分配していたら、時間が足りなくなる。

私は、
印象つぎと模型作りと義歯修理だけで一日終わってしまう日がある。
大型ブリッジや前装冠をやる時間は元々ない。

印象つぎは一番年少者が行うのが通例になっていたので、
後輩のいない私は、この日まで毎日印象を注ぎ続け、
他の仕事をやる時間が少なかった。
先輩と同じペースで前装冠やブリッジは作れない。

それに、『残業するな』というから完全分業して間に合わせていたのに、
そのことを歯科医師(雇用主)に言うと、
『私がそんなことをしろといいましたか!?』とぶちきれ。

義歯だけでも外注するように言ったのだが拒否。拒否。
何を言っても『それはできない』と拒否。

私は「外注もなしに仕事はできない」と言った。
すると『できないということを前提に話をするな』と言われた。
どっちがだよ…

「残業で間に合わせる。仕事のペースは落とさない。一般(MB)は外注」
ということを約束させて、1人体制の仕事が始まった。
義歯修理は当日というのは変わらない。労働時間も増えない。

この話し合いは数分。
結局、雇用主が全部拒否して、無理な命令をしただけ。
お金の話もできなかった。

私はもうどうでも良かった。
やれるだけやって、自分の能力を確認して辞めようと思っていた。
無理だと思っていたことができれば、自分の自信になる。
そう親しい人に言われて決めたから…

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